6. ライフコース疫学と8020運動
近年、「人の生涯を通して、慢性疾患罹患の生物学的リスクは、経済的、社会的、心理学的因子と相互に影響しあっている」というライフコースの視点が注目されています。
例えば、健康的な家庭に生まれた子どもは健康的な環境で育つことになります。小児期や青少年期の食事、喫煙、運動状況などは成人期の疾病リスクの高低と関係し、個々の生活環境や人生において経験する様々な出来事は、生涯にわたりその人の「よりよい状況」や健康に影響を与えることになります。
ライフコースとは、人びとの生涯を通した社会的な背景や関わり合い(交互作用)に着目し、その社会的進展における重要な時期をグループ(クラスター)化して、その中で様々な生活習慣の要素が継続的に蓄積されることの利益または不利益を評価する考え方です。
ライフコース疫学とは、妊娠期間、幼年期、青年期、成人期における生活習慣が、身体的・社会的な健康や疾病リスクにいかに影響してゆくかということの研究です。これらの人の発達における重要な時期を示したものが[図1]ですが、それぞれ生涯における健康水準や他人との健康較差を決定してゆく重要なものとなります。例えば口腔の健康に関しては、人生においてストレスの多い出来事(離婚など)が、歯周疾患の状態に大きな影響を及ぼすことが明らかになっています。
この視点から分析した例として、歯科の外傷(※1)が起こる傾向について、思春期における「シングル家族(※2)で封建的で過酷なしつけが高度の場合」「学力が低い場合」「男子の場合」に起きやすいことが分かってきています。[図2]
(※1) | 歯の外傷・・・歯の破折、脱臼、顎の骨折などのこと。 |
(※2) | シングル家族・・・父親または母親と子どもだけの家族のこと。 |
(a) 封建的で過酷なしつけ:低度
(b) 封建的で過酷なしつけ:高度
※歯の外傷のなりやすさは、シングル家族かつ封建的で過酷なしつけが高度の場合は7倍以上の顕著な特徴差、また学力や性別でも2倍前後の差があります。
すでに、このシリーズでお伝えしましたように、80歳で20歯以上保有するひととそうでない人を比べると、@両親のしつけが厳しかった、A歯肉が腫れることが少なかった、B歯の治療を早めに受けた、Cかかりつけの歯科医院があった、D甘いものを食べないように心がけた、Eタバコを吸わなかった、さらに80歳の現在、F摂取食事カロリーが少ない、G摂取食品数が多い、H魚と野菜の摂取が多い、などの特徴がありました。
今回は「甘味嗜好」「歯ブラシ習慣」「喫煙習慣」に焦点をあて8020との関係を調べると、[図3-1〜3]のような結果となりました。
※各年代に共通して、甘味嗜好が無い人は8020になりやすい
※甘味嗜好は母親など保護者からの影響が大きい
※吸わない人の方が8020になる傾向だが、年齢が高くなると差が拡大する傾向である。
※成人期(20〜60歳)を通して継続した喫煙は8020に影響がある。
※1日2回以上歯を磨く人と8020の関係性は見出せない。
このデータにより、ライフコースの視点で生活習慣と歯の健康を図式化したものが[図4-1〜4]です。上記3つの生活習慣に歯の外傷を加え、それぞれの時期における生活習慣や環境が歯の健康の成否に長期的に影響を及ぼしていることがお分かりいただけるでしょうか。
甘味嗜好は、小児期(A)、思春期(B)、成人期(C)それぞれに、母親等の影響により生涯にわたって歯の健康(及び喪失)に影響します。
喫煙習慣は、思春期(A・B)から成人期(C)に蓄積されて歯の健康に影響を及ぼしますが、中断すると継続されなくなり歯の健康は保たれます。
歯磨きの習慣は、歯磨き剤などに含まれるフッ化物の影響で児童期(A)の第一大臼歯、児童期高学年や生徒期(B)の第二大臼歯、さらに成人期(C)の歯の健康に影響します。
歯の外傷は、それぞれ児童期(A)、生徒期(B)、学生期(C)の運動や生活習慣のスタイルが蓄積してゆくことによって生じます。
中垣晴男 著:日本歯科評論 通刊第800号「8020と健康科学」、 株式会社ヒョーロン・パブリッシャーズ、 2009年 より 文献 | |
1) | Day B, et al:Essential Dental Public Health. 161-162. Oxford. 2002 |
2) | Nicolau D, et al:The relationship between traumatic dental injuries and adolescent' development along the life course. Community Dent Oral Epidemiol, 31:306-313 2003 |
3) | Morita I, et al:Salutogenic factors that may enhance lifelong oral health in an elderly Japanese population. Gerodontology 24: 47-51 2007 |
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